東京地方裁判所 平成8年(ワ)24365号 判決 1999年1月29日
主文
一 被告らは、原告に対し、各自、金三億円及びこれに対する平成六年八月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、被告らの負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自、三億円及びこれに対する平成六年八月一日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 原告の主張
1 被告昭和リース株式会社(以下「被告会社」という。)の実質的経営者である被告控井信尊(以下「被告控井」という。)は、原告の実質的経営者である小久保晴行(以下「小久保」という。)に対し、原告と被告会社が共同して(それぞれ持分二分の一)、田中キヌ所有の不動産を左記約定で買い受ける、右不動産は既に転売先が決まっており、田中キヌに対して左記の手付金を支払わなければならないので、原告の分として手付金の二分の一を預けて欲しい旨申し向け、原告は、平成五年三月二〇日、被告控井に対し、手付金の二分の一である二億一〇〇〇万円を交付した。
売買代金 五億三〇四〇万円
売買不動産 東京都江戸川区《番地略》宅地七七二・八三平方メートルの持分三分の二
手付金 四億二〇〇〇万円
2 同様に、被告控井は、小久保に対し、原告と被告会社が共同して(それぞれ持分二分の一)、佐久間スギ所有の不動産を左記約定で買い受ける、右不動産は既に転売先が決まっており、佐久間スギに対して左記の手付金を支払わなければならないので、原告の分として手付金の二分の一を預けて欲しい旨申し向け、原告は、平成五年四月二三日、被告控井に対し、手付金の二分の一である一億二五〇〇万円を交付した。
売買代金 七億五六九九万円
売買不動産 東京都江戸川区《番地略》雑種地三八五平方メートル
手付金 二億五〇〇〇万円
3 同様に、被告控井は、小久保に対し、原告と被告会社が共同して(それぞれ持分二分の一)、田中喜一所有の不動産を左記約定で買い受ける、右不動産は既に転売先が決まっており、田中喜一に対して左記の手付金を支払わなければならないので、原告の分として手付金の二分の一を預けて欲しい旨申し向け、原告は、平成五年一〇月二九日、被告控井に対し、手付金の二分の一である五〇〇〇万円を交付した。
売買代金 二億六五二〇万円
売買不動産 東京都江戸川区《番地略》宅地七七二・八三平方メートルの持分三分の一
手付金 一億円
4 被告控井は、小久保に対し、前記2の仲介手数料として一五〇〇万円を、仲介者である佐久間八郎に支払わなければならないから、その二分の一を自分に預けて欲しい旨申し向け、原告は、平成五年四月一五日、被告控井に対し、右仲介手数料の二分の一である七五〇万円を交付した。
5 同様に、被告控井は、小久保に対し、前記1及び3の仲介手数料として一五〇〇万円を、仲介者である株式会社ジェイオーイーに支払わなければならないから、その二分の一を自分に預けて欲しい旨申し向け、原告は、平成五年四月二〇日、被告控井に対し、右仲介手数料の二分の一である七五〇万円を交付した。
6 原告と被告会社は、平成五年一〇月二八日、次のとおり、合意をした。
(一) 前記不動産を平成六年三月末日までに三・三平方メートル当たり七〇〇万円以上で転売できる相手を探し、相手があり次第転売する。
(二) 前記期日までに、(一)の内容が実行できなかった場合は、原告は、被告会社に対し、前記不動産の共同買受人としての権利義務を譲渡する。
(三) (二)の譲渡代金は、原告が不動産の売買で支払った前記1ないし3に記載された金額、前記4及び5に記載された仲介手数料、以上の合計四億円並びにこれに対する利息金とする。
(四) 被告会社は、原告に対し、平成六年七月末日までに(三)の代金を支払う。
7 被告控井は、被告会社の事実上の主宰者であるが、前記1ないし3の各売買契約を締結したこともなく、転売先も決まっておらず、手付金を各売主に支払うつもりもなかったにもかかわらず、これがあるかのように原告を欺罔し、原告から前記金員を騙取した。
被告控井の前記行為は、原告に対する詐欺といわなければならず、民法七〇九条の不法行為に該当する。
また、被告控井は、被告会社の実質上の経営者としての職務として右行為を行ったものであるから、被告会社においても、民法四四条一項又は七一五条により損害賠償責任を負うといわなければならない。
仮に、そうでないとしても、被告会社には、不当利得返還義務若しくは商法二六二条の責任がある。
8 被告控井は、前記6の合意に基づき、平成六年一〇月三一日及び同年一二月二一日、原告に対し、それぞれ五〇〇〇万円(合計一億円)を支払った。
二 原告の主張に対する被告らの認否
(被告会社)
1 原告の主張1ないし5及び8は不知。
2 同6は否認する。
3 同7は争う。
(被告控井)
1 原告の主張1ないし5は認める。
2 同6は否認する。
3 同7のうち、被告控井が、被告会社の事実上の主宰者であることは認め、その余は否認若しくは争う。
4 同8は否認する。平成六年一〇月三一日及び同年一二月二一日、原告に対し、それぞれ五〇〇〇万円を支払ったのは、被告会社である。
三 被告会社の主張
1 被告控井は、被告会社の創業者で、かつ、大株主としての立場を利用して、被告会社に立ち入り、社内に保管されている被告会社ゴム印及び代表印を無断で盗用し、本件契約書等に押印したものである。
また、被告控井は、被告会社の株式のうちの九〇・九パーセントを所有する大株主であるが、被告会社の取締役ではなく、被告会社の代表権はないのであって、被告会社の経営には関与していない。
よって、被告控井の行為により、被告会社が責任を負うことはない。
2 原告は、前記金員を被告控井に交付する際、被告控井の一連の行為が被告会社における被告控井の職務行為に属さないことを知っていた。仮に知らなかったとしても、原告の実質上の代表者である小久保は、被告控井と東京江戸川ロータリークラブの仲間として旅行を一緒にするなど長年交際しており、小久保が総武信用組合の理事長をしている際には、被告控井は、同組合の監事を務めていたのであるから、それを知らなかったことにつき、原告に重過失がある。
第三 判断
一 《証拠略》によれば、被告控井は、平成四年一〇月初めころ、原告の実質的経営者である小久保に対し、原告と被告会社が共同して本件不動産を買い受ける話を持ち込んできたが、その際、被告控井は、転売先や転売価格が決まっているのでリスクはない、万一損害が生じたときは自分が負担する旨申し出、さらに、同年一一月一一日ころ、田中キヌとの契約がまとまったので、手付金の二分の一を支払って欲しい旨小久保に依頼し、原告は、被告控井に対し、一億五〇〇〇万円を交付したこと、しかしながら、田中キヌとの売買契約は存在せず、同人の署名がある契約書及び領収書は偽造されたものであったこと、同様に、被告控井は、原告の主張2及び3についても、これらの売買契約を締結した事実がないのに、これがあるかのように原告を欺罔し、結局、原告から同1ないし5の金員を交付させたこと、また、被告会社が、原告に対し、平成六年一〇月三一日及び同年一二月二一日に、それぞれ五〇〇〇万円(合計一億円)を支払ったことが認められるが、被告控井の右行為が詐欺に当たることは明らかであり、被告控井は、原告に対し、不法行為に基づき、三億円の損害賠償義務を負うといわなければならない。
二 被告控井の被告会社における地位について
ところで、原告は、被告会社は、民法四四条一項に基づき、被告控井の不法行為による責任を負う旨主張するので、まず、被告控井の被告会社における地位について判断する。
被告控井が、被告会社の取締役として登記されていないことは当事者間に争いがないところ、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 被告控井は、被告会社の創業者で、九〇パーセント以上を出資し、また、被告会社の株式の九〇パーセント以上を所有する大株主であり、平成五、六年当時は商業登記簿上は被告会社の代表取締役ないし取締役になっていなかったが、昭和六二年九月から平成元年一月まで被告会社の取締役に就任していた。また、被告控井自身、東京江戸川ロータリークラブの会員名簿に被告会社の会長として掲載させるなど、対外的にも自分が被告会社の会長であることを示しており、被告会社も、被告控井に対し、右名称の使用を容認するばかりでなく、社員のみならず元代表取締役である谷本交平(以下「谷本」という。)及び被告会社代表者までもが、被告控井を「会長」と呼んでいた。
2 谷本は、設立当初から被告会社の代表取締役であったが、谷本を代表取締役の地位に就けたのも、また、被告会社代表者を現在の地位に就けたのも被告控井であった。そして、本来は業務執行行為である被告会社における代表取締役などの給料の額の決定も被告控井が行っていた。なお、被告控井は、当初は被告会社から給料を受け取っていたが、その額も自分で決めていたのであり、被告会社の経営が苦しくなってからは、自分でこれを受け取らないように決めた。
3 被告会社の事務所は、以前は東京都江戸川区《番地略》にあったが、この土地・建物は被告控井の所有であり、被告控井が被告会社の事務所を右場所に設置することを決定したものである。そして、右不動産の売却を決定したのも被告控井であり、また、被告控井は、同区《番地略》への事務所の移転や右場所の決定にも関与していた。
4 被告会社が銀行から資金を借り入れる際、その借入額が大きい場合には、被告控井が銀行との折衝を行ってきた。また、被告控井と谷本は、右借入について連帯保証人となったが、谷本が現在は連帯保証人となっていないのに対して、被告控井は現在でも連帯保証人である。
5 被告会社は、控井産業の不始末を整理して作った会社(有限会社から後に株式会社に組織変更)であるが、被告控井の指示によって、控井産業の社員を被告会社に引き継いだ。
6 被告会社の商業登記簿には、その目的として「不動産の売買、賃貸、管理ならびに仲介」と記載されているところ、被告控井が被告会社名義で不動産を取得したことがあり、その経費を被告会社に回すことがあった。また、被告控井が、被告会社を代表して保土田守彦との間で第六控井ビルについて賃貸借契約を締結したことがあった。そして、被告会社は、被告控井のこれらの行為について十分認識し、かつ、それを容認していた。
7 被告控井が本件売買契約書等に使用した被告会社の代表者印は、被告会社の実印若しくは銀行印であり、また、被告会社は、被告控井から指示されるまま、詳細も分からないままに、原告に対し、平成六年一〇月三一日及び同年一二月二一日、それぞれ五〇〇〇万円(合計一億円)を支払った。
8 本件訴訟の経緯については、被告会社は、自分が被告とされているにもかかわらず、被告控井に言われるままに本件訴訟に関する委任状を被告控井の訴訟代理人に交付し、自分は何ら訴訟活動をせず、被告控井が原告に対する詐欺の容疑で逮捕されて初めて、新たに訴訟代理人を選任し、それまでの主張を撤回し、新たに主張を提出した。
右認定事実によれば、被告控井は、商業登記簿上は被告会社の代表者ではないものの、実質的には被告会社のいわゆるオーナー若しくは経営者として代表者の地位にあるものといわなければならない。被告会社は、被告控井は、被告会社の創業者で、かつ、大株主としての立場を利用して、被告会社に立ち入り、社内に保管されている会社ゴム印及び代表印を無断で盗用し、原告との契約書に押印したものと推測されると主張するが、被告控井がこのようなことができること自体、被告控井が被告会社の実質的経営者としての地位にあったことをうかがわせるものである。
三 被告会社の責任
1 「理事其他の代理人」(民法四四条一項)について
被告控井の地位が前記のとおりであるとすれば、同被告の不法行為により原告が損害を被ったことにより、被告会社は、民法四四条一項の類推適用により、原告の右損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
ところで、被告控井が、当時、被告会社の理事若しくは取締役に選任されておらず、その旨の登記もないことは前記のとおりであるが、前記認定の被告控井の被告会社における地位、被告控井が、被告会社の代表機関としての外形を有しており、被告会社もこの点につき責任があること、さらに、民法四四条一項の趣旨及び商法二六二条の趣旨を併せ考慮すれば、たとえ理事若しくは取締役に選任されておらず、その旨の登記もないとしても、被告控井は、民法四四条一項にいう「理事其他の代理人」に該当すると解するのが相当である。
2 「職務を行うにつき」(同項)について
職務行為には、行為の外形上職務行為と認められる場合はもちろん、それ自体としては本来職務行為に属さないが、社会観念上、職務行為と適当な牽連関係に立つ行為も含まれると解されるところ、《証拠略》によれば、被告会社の商業登記簿には、被告会社の目的として「不動産の売買、賃貸、管理ならびに仲介」と記載されているところ、被告控井が被告会社名義で不動産を取得したことがあること、また、被告控井が、被告会社を代表して保土田守彦との間で第六控井ビルについて賃貸借契約を締結したこと、さらに、被告控井自身、原告に対し、自分が被告会社を使って不動産業などを幅広く行っている旨発言していること、被告会社代表者も、被告控井が被告会社名義で不動産取引をし、その経費を被告会社に回すことがあった旨供述していることが認められる。
右事実に照らせば、被告控井の行為は詐欺に当たるとはいえ、客観的に行為の外形から判断すれば、前記各不動産を被告会社と原告が共同して取得し、転売することによって利益をあげようとする行為であり、外形上被告会社の目的の範囲内の行為と認められる。したがって、被告控井が、被告会社における自己の職務を行うにつき、原告に対し、前記損害を与えたものといわなければならない。
3 以上のとおりであり、被告会社は、民法四四条一項の類推適用により、原告に対し、原告の損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
なお、被告会社が商法二六二条の責任を負う旨の原告の主張については、被告控井の行為が不法行為に該当するので同条の適用はないといわなければならず、また、不当利得の主張についても、被告会社に利得があったことを認めるに足りる証拠はなく、右原告の主張はいずれも採用できない。
四 原告の故意・重過失について
《証拠略》によれば、原告の実質的な代表者である小久保は、被告控井から本件売買の話を持ちかけられた際、危険を冒すような商売をするつもりは全くないとの対応をしたが、被告控井は、損害が出ることは考えられない、万一損害が出た場合は、自己の財産だけでなく、被告会社の財産をもってでも填補するなどと述べて小久保を説得し、これにより原告が本件取引に応じ、被告控井に四億円を交付した事実が認められる。
確かに、小久保と被告控井との間には相当程度の信頼関係があったことがうかがわれるが、本件においては、小久保と被告控井は、自分らが経営する原告及び被告会社を使って利益をあげることを計画し、小久保も、取引相手が被告控井個人でなく、被告会社であって、万一取引によって損害が生じても、被告会社及び被告控井から確実に損害を填補してもらえると確信できたからこそ、取引に応じて四億円を出したことがうかがわれる。これらの事情を考慮すれば、原告は、本件取引当時、被告控井の一連の行為が、被告控井個人の行為であり、被告会社における被告控井の職務行為に属さないことの認識がなかったといわなければならない。
また、原告が、被告控井の一連の行為が被告会社における被告控井の職務行為でないことを知らないことにつき重大な過失があったことを認めるに足りる証拠はない。
五 以上によれば、原告の請求は、被告らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自、三億円及びこれに対する不法行為の後である平成六年八月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村元昭)